0:森の中の惨劇

頭が働かない。
まず最初に思ったことは此れだった。此処が何処かなど、全く考えもしなかった。夢遊病じゃあるまいし、自分が知らず知らずに知らぬ場所へと来ていた、などと露ほども思わなかったのだ。

ぼうっとする頭だが、耳に届く音は鮮明で。チュンチュンと小鳥の鳴き声が耳へ届いてくる。そして森林の匂い…、ようやく稼働し始めた脳で現在、自分が何処にいるのかを理解する。森林だ、森の中に今自分はいる。…もしや此処は自分の家の近くにある雑木林なのではなかろうか。
昨日は友人と酒を飲み、少し夢現で家へと続く道を歩いていた気がする。

そうか、自分は確か酒に強いはずだったのだが…珍しく酔っ払ってしまったようだ。記憶が不鮮明なのがその証拠。だからきっとふらつく身体を頑張ってえっちらおっちらと動かせば、見知った我が家にたどり着くはず。
そのはずなんだ…。

「っ…これ、は。なに?」

自分の身体、いや着ていた服が濡れている。そう感じてそこに手をやれば付いていたものは赤い液体。これは何なのか。
だけれどスンと漂う鉄の臭いにそれが何かなど、とうに自分はわかりきっていた。何?と問えば、なんとなくこれが夢であるような気になれるから、そう呟いただけ。

現実は、フル回転し始めた脳が認識し始めていた。

「ひっ…人……倒れて!?」

自分の傍に、至るところに見慣れない格好をしている者たちが倒れ伏せている。その者たちから血は流れ落ち、あたりを紅に染め上げていた。
どういうことだろう、これは。こんな光景を自分は見たことがない。第一、これでは殺害現場だ。自分の家の近くでそんなことが?…有り得ない!そんなことは有り得る訳が無い!!

「有り得ない…有り得ない!!こんなの…現実に起きるわけが……ないッ」
『うっうぅ…』
「ッ…だ…誰か、いるの??」

呻き声が聞こえる。誰かがこの惨劇の中、生き存えている声だ。
目線を動かしながら、首を動かしながら辺りを見回せば、木の幹にもたれかかるようにして、女が倒れ込んでいるのが目に入った。

「ッだっ大丈夫ですか?!!し、止血…血を止めてッ」
『この子…を』
「な、何を言って…?」

聞き慣れぬ言葉を、自分に向けてそして手を伸ばす彼女の腕の中には小さな赤ん坊。ああ、きっとこの人はこの子の母親だ。襲撃者から子供だけはと守りきったのだろう。そして…。

『お願い、この子だけは…助け、……』
「あ、ダメです!ダメです死なないでッ死なない…で……」
『……』

血に濡れて、倒れ伏せている彼女に再び声を掛けても何かが返ってくるわけでもない。彼女はもう既に事切れていた。

カラカラになっている喉に、ごくりと唾を飲み込み潤す。手も震えていた。目の前で人が死んだ、何ができるわけでもなかったのにその事実に自分が怯えていた。
なのに…それだというのにこんな状況でも、子供はスヤスヤと穏やかに眠っている。既に力の抜けきった母親の腕から、その子を抱き抱えてやれば、もぞもぞと身体を動いて鼻をひくひくと動かした。揺らしてやれば、それでもやはり起きる気配など感じなかった。

「…君のお母さんがこんな事になっているのにね……」
『……スゥ…スゥ……』
「…どうしたら良いんだろう」

恐怖心はあったが、何故か、妙に絶望感はなかった。きっと義務感だ。腕の中でもぞもぞと動いているこの子を守らなければという義務感からだろう。何もできず、か弱いこの小さな子を守ってあげねば―
この子を守らなければ。その思いが自然と私を奮い立たせる。それに警察、警察にも連絡しなくては。もしかしたらの身も危ないかもしれない。
一度だけ目を閉じて、この場の惨劇を目に入れないようにしながら、私は我が家に向けて足を一歩踏み出した。



[設定]
主人公:
デフォ(鏑 千代咲:かぶらちよえみ)

大学生。基本はのほほんとした性格、ぼうっとしていることが多い。男性とあまり親しくしたことがないので接近されると引く。抱きつかれたら抱き返す系
住んでいるお家は今は亡き、祖父母の家。豪邸木造住宅で、結構な人数を収納可能。しかも山奥にあるときたので、誰がなにやってもあまり目立たない。

車がなければ不便。両親はいない。弟と二人暮らし

トリップの際の名前⇒蓮燕(れんえん)

曹操たちが洛陽脱出の際に、トリップして何も知らずに囚われていた を助け出した。言葉が通じない(ホンヤクコンニャクが無いので、双方の言語が理解できない)ので、曹操が好き勝手に名付けた。
自分を呼ぶ際にその単語で呼ばれる為、それがこちらでの呼び名だと理解はしている。
日がな外を眺めては、郭嘉がオナゴを口説いている姿や楽進たちが鍛錬をしている姿を眺めている。

仙女になった恩恵は「不老不死」。そして「一年間会わなかった人間の記憶から消える」という能力が備わった。


弟:
デフォ(鏑 八千代:かぶらやちよ)

の弟。高校生。
顔も性格も比較的姉とそっくり。女性たちによく可愛がられる、ゴールデンレトリバー系男子。
時々無性に誰かに抱きつきたくなる系。気を許す相手には抱きつく。
弟のほうは直接物語に関わることは基本的にありません。弟は。