1:牢のなかで

薄暗い牢屋の中に、私は居た。暗くてジメジメしている。だが、そんな私の身体にまとわりついた血を、何者かが優しく拭ってくれていた。いつの間にか気を失っていたようだ、目をうっすらと開けて様子を伺えばくすりと笑う声。目の前に回ってきた顔は、とても美しくてつい唾をゴクリと飲み込んでしまった。

『…目が覚めましたか?』「……?何語話してるんですか」『……??』

お互いが、お互いに意味不明といった困り顔になっている。幾つか言葉を交わしてみたが、やはり何を言っているのかを、お互いが認知できることはなかった。

『困りましたね…これでは……』「…あの、赤ちゃんは!」『どうしたものでしょう…か』「赤ちゃん……」

言葉は通じない。だが可及的速やかに確かめねばならないことがひとつある。あの赤ん坊のことだ。私の腕から離れていった、あの小さな温もり…。ジェスチャーだけでもと必死に腕を振り回す。慌てた様子の私に、彼女も何事か理解しようとじっと見つめてくれていた。赤ん坊を抱くジェスチャーをしてみれば、どうやらうまく通じたようだ。大きく頷いて微笑んでくれた。

『あの赤ん坊は大丈夫ですよ、此方で…保護しています』「大丈夫、って意思表示…かな」

ありがとうの代わりに両手を掴んでお辞儀をする。いきなり両手を掴まれて、驚いた様子だったが、それも柔らかい笑みに変えてくれる。怖い気持ちはなくなりはしないが、少しだけ気分が落ち着いた気がする。ホッと一息。だがそんな最中に、牢越しから緊張した声がかかるのだ。

『貂蝉様、董卓様がお呼びです』『わかりました…。ああ、貴方様はこちらの服を着てくださいませ。お召し物が汚れていますもの』

よくわからないが箱の中から彼女は何かを取り出す-それは服であった。昔のひとがきるような今までみたことがない服だ。これを着ろというのだろうか?
訳も分からずそれを受け取ってしまうと、手助けをしてくれるはずの人はさっさと牢を去っていってしまった。

あれ?行っちゃうの??…呟いた言葉は虚しく牢に響くのであった。