02.自覚性嘘

「おいおいおい、有里クン。中等部の女子生徒の中でも飛び抜けて美人で大人っぽいと名高いちゃんと登校だなんて、どういう了見だぁおまえさん」
「は?」
「だぁかぁらぁ...中等部三年のさん。彼女と登校するなんて羨ましいイベント、どうしたら起きるんだってことだよ」
「...」

朝から順平が暑苦しい。どうやら今日、と登校していたところを目撃されていたようだ。そんなに騒ぐようなものだろうかとも思うが、先ほどの発言を聞いた限りどうやらは割とモテているらしい。綺麗で有名、ということはそういうことだろう。
僕からしたらまだまだ幼く見えていたけれど、周りから見たらこうも違うものなのか。昔からあまり変わっていない、見慣れた顔だったせいもあるのかもしれない。

…僕から見たら、は可愛いの部類に入ると思うんだけどな。

「(やっぱり、幼馴染補正ってのが色々と入っているのかな)」
「カァッー!ゆかりっちといいさんといい...どうしてこうドッキドキなイベントがお前には起きるんだ!顔か?!顔なのかこのイケメン!!」
「…はあ、どうも」
「褒めてねえよこのお馬鹿っ」

頭を軽く小突かれ、身体がグラグラと揺れる。そのまま順平が起こす小地震に身を任せていると調子に乗り始めたのか、僕の両肩を勢いよく掴むと、今度は前後に激しく揺らし始めた。

「あーりーさーとぉおおおおおこのやろおおおお」
「じゅっ、じゅん、ぺ…きもち、わっわるっ」
「ちょっと、なにやってんのよアンタたち」

授業始まるよ、と呆れたような声で順平を止めに入ってくれたのは岳羽ゆかりだ。まさしく地獄に仏。ゆかりの声を聞くと順平は僕の肩からパッと手を離し、今度はゆかりの方へと手を伸ばした。

「ゆかりっちぃいい」
「やだ、キモイんですけど」

瞬時に平手打ちを食らわす辺り、慣れている。バチーンという盛大な音共に順平が床に崩れ落ちた。あの音から察するにクリーンヒットしたようで、頬を抑えながら涙目でそれでも負けじと順平は立ち上がった。

「ゆかりさん、痛いっす…」
「自業自得でしょうが。ところでさ、有里君」
「なに、岳羽さん」
さんと登校してきたって聞いたけど本当なの??」

おっおっ、ジェラシーですかゆかりさん!と後ろで囃し立て始めた順平に、今度はゆかりの裏拳が炸裂する。彼女の拳をまともに食らった順平は、再び床に崩れ落ちた。今度は起き上がれないように彼女の足が順平の腹を押さえつける。結構酷い扱いな気がしなくもないが、まあ仕方ないだろう。

順平だから、仕方がない。たった一日しか話をしていないのに、何故かそう悟っていた。

「…いっいいか、もぉ」
「うわっ真正のド変態?そんなことより、ね。どうなの有里君」
とのこと?」
「うん、そう。皆結構噂立ててるんだよね。だから、ね。ちょっとした野次馬根性ってことでさ」
「ゆかりっち、昨日はあんなにぐふぅお!」

順平の言葉を遮るように、足に力をいれて地面に強く押し付けるゆかり。流石に呼吸がしにくいのか少し青ざめた顔をし始めている順平。まあでも仕方がない、順平だから。

「実は私の後輩でね、彼女の友達がいるんだけど…その手の話が大好きでね。ただ本人に聞く度胸はないらしいから男の人の方に聞いて欲しいって…ね、そこんトコロどうなの??モノによっちゃあ誤解を解いてあげるからさ」
「…成程」

この手の話は誇大され、段々と妙な方向に湾曲していってしまう場合もある。できるのであれば、早急に誤解というものはといておいたほうがいいだろう。しかし…との関係か。改めて考えると、どういう関係なのだろうか。

「…うーん…彼女とは」
「ん?」
とは…」
「うん」
「ただの…」
「うん?」
「ただの…」
「ただの?」
「…」
「……??」


「ただの、幼馴染だよ」


特になにもない、そう言えば二人は少しキョトンとした顔をする。あれだけ焦らしておいてただの幼馴染でした、という結果だったからだろう。妙な顔をするも、それでも会得したように頷き、そうなんだと納得してくれた。

どうやら噂は思った以上に流れているらしく、学園内では今、その話で持ちきりなのだと教えてくれた。でも真相がそれならばと、ゆかりは噂を流している子達に真相を伝えるてあげると言ってくれた。順平も同じように動いてくれるそうだ。

二人が自分の席へと帰ると同時に授業開始のチャイムが鳴り響く。鳥海先生が教室に入ってきた。

現代文の授業を受けながら、先ほどの言葉を繰り返す。「ただの幼馴染だよ」。妙にその言葉が胸につっかえて取れない。しかも、噂がこのまま流れ続けていても構わない。そう思ってしまっている自分もいたりするものだから…明確なその理由に再度気づかされる。

だって僕は、昔からあの子のことが―

でも、彼女の迷惑になるようなことはあまりしたくないので、今回はただの幼馴染として片付けておいてもらおうと思う。先生の質問に正解を答えながら、そう自分を納得させた。