01.長い月日


7時45分。枕元に置いてあった携帯電話の着メロが鳴り響く。
画面に映し出された文字は「有里湊」。その文字を確認すると慌てて私は通話ボタンを押した。スピーカーから流れてきた、少し気怠けな「おはよう」に私は昨日のあの出来事は夢ではなかったのだと、悟るのだ。大好きな大好きな、私のお兄ちゃんがこの街にいる!そう思うだけで口元がにやけて仕方が無かった。嗚呼、これから私はあの人と一緒に登校をするのだ!!





「月光館学園の高等部に編入するんだね。お兄ちゃん」
「うん、そう。そういうは中等部なんでしょ?」
「へへーん、実はそうなんだよ。というか、それ知ってて誘ったんでしょ?一緒に学校行こうって」
「まあね」

携帯が鳴いて、すぐにポートアイランド駅に向かえばイヤフォンを耳に装着しているお兄ちゃんの姿を見つける。影が薄いのによくわかるって?勿論、大好きなお兄ちゃんの姿なら何処にいてもわかりますよ!!
朝の挨拶を軽く交わして、学園までのモノレールに一緒に乗り込む。ガタンガタンと揺れるモノレール、今まではひとり寂しくその揺れに揺れていたが、これからはお兄ちゃんが隣にいてくれる。昔みたいに……もう、寂しくはない。うふふ、と笑い声が漏れるのを抑えられないぐらいに、私の喜びは一入だ。

「なんか嬉しいな、こうやって一緒に歩くの。幼稚園ぶりだよね」
「そうだね。昔はもっと小さかったのにも僕も」
「わっ、やめてよ頭撫でるの!もう子供じゃないんだからさっ」
「僕から見たらは子供も同然」
「なあに、それ。お兄ちゃんだってまだ子供のくせして」

まるで小さい子供のように頭をわしゃわしゃとされ、口を尖らせてみる。もう私はあの頃の小さなさんじゃあ、ありません!!
しかしそれも逆効果のようでまた同じように頭をクシャクシャにされてしまった。…子供扱いは癪に触るけど、嬉しい気持ちもまたあるこの矛盾、辛いです。

「…おほん。ところで、お兄ちゃんはどこに今住んでんの?寮??」
「ああ、巖戸台分寮に今はいるよ。そのうち男子寮に割り当てられるらしいけど…桐条先輩や真田先輩も一緒にいるんだ。有名だから知ってるよね」
「え、ほんとに?!みぃちゃんやあーちゃんがいる寮にいるの!?!」
「…もしかして知り合いだった?」

知り合いもなにも、旧知の間柄だ。
お兄ちゃんがこの街から去って幾数日の出来事。ちょっとした事件がきっかけで知り合い、それ以降、みーちゃんの別荘などに一緒に連れて行ってもらう位には仲良くさせてもらっていると告げる。
それを聞くとお兄ちゃんは大層驚いた顔をした。

「なんか…世間って狭いんだな」
「そうだねえ、私もまさかみぃちゃん達と一緒の寮に住んでるだなんて、思いもしなかったよ!」
「でも随分と桐条先輩と仲良いんだね。"みぃちゃん"だなんてあだ名で呼ぶくらいだし」
「うん、大好きなかっこいいおねえちゃんみたいな人だよ!みぃちゃんは」
「…へえ、大好きなおねえちゃん。か。真田先輩は?」
「アホだけど強くてカッコイイ、大好きなお兄ちゃんかな」
「……ふーん、そっか」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。気にしないで」

何故か妙な顔つきになって考え込んでしまった湊お兄ちゃん。それ以上は何も聞くなという雰囲気で...私はそれ以上の追随は遠慮することにした。

空気を読むのも大事なことです。
その代わりに話題を学園生活のことに変えることにした。
これからのこと、部活はどこに入るのか等々だ。部活動に関しては既に目星は付けているらしく、剣道部に入ろうかなと思っていると彼は答えた。

「そこって確か宮本さんがいるところじゃないっけ。かなり強いって聞いたけど」
「へえ、そうなんだ」
「結構トレーニングもきついらしいし。かなり頑張らないと大変みたいだよ?大丈夫??」
「大丈夫...かな、多分」
「多分って...」

相変わらず気怠げというか、マイペースというか。
私よりも遥かに身長は高くなったというのに、そこは何も変わっていない。昔のままだ。
でも嬉しい気分になってしまうのも確か。自分の知っている湊お兄ちゃんは、時間が経ってもまだそこに居るのだと分かったからだ。またまた嬉しさで顔がにやけてしまう。この二日でかなーり、表情筋が鍛えられているに違いない。うん、きっとそうだ。

「...へへ」
「どうしたの?。急に笑い出して気持ち悪いよ」
「べっつにー、ほらそんなことよりモノレール。もう駅に着くよ、降りる準備準備」
「ああ、そうだね」

会話を一時中断し、二人一緒に駅へと降り立つ。
だが中断した会話はすぐに再開され、モノレールを降りたあとも話は尽きることはなく、学園に着くまでの短い間、私たちは会話に花を咲かせ続けた(といっても、主に話していたのは私であったというのが、事実だが)。10年という月日、私とお兄ちゃんが離れ離れだった短くも長い時間。その時間が少しでも埋まればいいのに……その思いで私はこの10年という月日を語り続けた。