3.彼は過去を思い返す

 
昔の話だ。といっても5年程度昔の話だが。その時の自分も結晶体の欠片を握り締め、そしてじっと考え事をしていた。甲板にて海を眺めつつ、自分自身の存在について思考をめぐらしていたのだ。いくら考えたとしても、答えなど一つしかないに決まっているというのに―

「あら、ユウマ。こんな潮っぽい場所で暗い顔して考え事なんて…。しょっぱいわね、お子さまがやることではないわ」
「……ユマ。何度目ですか、子ども扱いはやめてください」

ブーツの踵を鳴らしながら、彼女は隣に立ち不思議そうに此方を覗き込む。自分のその手の中にある物から何かを感じ取ったのか、瞬時にその顔はしかめ面へと変わった。

「ユウマ、貴方の持っている禍々しいそれはなに?嫌な気しか感じないわ、これなら貴方のネガティブなオーラに当てられた方がマシね」
「…これですか?これは……結晶体の欠片です」
「結晶体、ね。なんの結晶かしら?よくある鉱物とは全くもって違うもののように見えるけれど」

ユマならば知っているかもしれない、とこの欠片について説明をする。そうすればやはり、彼女も知っていた。流石に同じ場所で生まれただけのことはある、少し説明しただけでピンと来たようであった。

「確かに私も、あの結晶体…いいえ、あの人を見にいくことはしょっちゅうあったわね。まあ別に、ユウマみたいな理由で行っていたわけではないのだけれど。あの部屋であれば監視の目も薄くなっていたから、気晴らし程度に通っていたわね」
「不謹慎な発言はやめてもらえますか。仮にも上官である貴方が、もう少し模範となるべき発言を」
「あーあー、はいはい。でも貴方相当ね」
「何がですか?」
「……気がついていないならいいわ」

含みのある視線だ、と思いつつも追求がないのなら此方もする必要はない。だが、ユマは結局は口を開いてしまう。そわそわとむず痒い表情をして幾秒のことだ。

「ねえ、無粋なことを聞いてもいいかしら。ああでもね、とても無粋だけど、とても大事なことよ」
「なんでしょうか」
「貴方、あの人に惚れているの?好きなの??」
「……好き…といえば語弊が出ますが。そうですね、気にはなっているが正しいでしょうね。あの結晶体は一体なんなのか、そしてその中に封じ込められたあの人は一体何者なのか。気になることだらけですね、そういった意味での好きならば正解なのでは」
「……うーん……若干、ニュアンスが違うわね。ただの知的好奇心?それとも…」
「ユマ?」
「いいえ、やっぱり何でもないわ。忘れなさい…っと連絡だ」

どこからか連絡が入ったのか、端末を手に取りユマは一言二言言葉を交わす。その顔は自分たちとは違う、上官を相手にする時の表向きの顔をしていた。

「了解しました…っと。全く、お偉いさんはうるさいわね。…ユウマ、お節介だとは思うけど任務に行く前に一言だけ教えとくわね」
「はい」
「貴方、それについて語っているとき。その人について語っているとき、なんというかいい顔していたわ。人間臭い顔してた」
「…はい?」
「まあ、わからないのならそうだったのかとだけ覚えておいて。私からみたユウマの様子は、普段の貴方とは少し違って見えた…ってことをね。それじゃあ、私は行くわ。提出書類、今日までのがあるからよろしく」

ひらひらと手を振りながら去っていく後ろ姿を、ただ見送るしかない。人間臭い、とは一体どういう意味なのか。よくはわからなかったが、それよりも先程聞き捨てならない台詞が聞こえた気がして。それに対しての怒りでその告げられた言葉など、瞬時に記憶の彼方に追いやられてしまったのであった。