、上司

「これで深緑の望んだものは作ることが出来なくなったな、証明することが出来なかったのだから。…あの刀剣は、裏切るという道を選んだんだ」

上司が淡々とそう告げる。その人の執務室にはデスクの後ろに窓があって、陽の光もあって部屋全体がとても明るい。でもそのせいで逆光が生じて、その表情を伺うことはできない。

「端から私が犯人ではないと分かっていたのですか?」「勿論だ。報告は深緑からとうに上がっていた、そういった傾向がある刀剣がいると。だが、刀解を拒み、あまつさえ元に戻してみせると深緑は豪語してみせたのだよ。だから我々は猶予を与えた、が、結果はこうだ。最悪な結果に終わった」「……」

有望な人材を失った。と、その人はそう言う。

「深緑が作ろうとしたものを知っていたのですか」「…八百万の神々がいるように、また人間にも千差万別の個性というものがある。その個性により彼女曰く傷つけられた刀剣たちを集め、そして癒していく部署を作りたいと言っていた。知っていたか?実質的に深緑の顕現させた刀はあの本丸において二振りしかいない、と」「…二本?」「山姥切と山伏のみだ」

初期刀ともうひとつ、初めての鍛刀で顕現された刀のみという意味であろうか。では他の者たちはなんだったというのだろうか。

「他は余所の審神者から引き継いだ刀たちだ。問題ありとされて役職を下された者たちのな。そして刀解対象にある刀たちであった」「…え」「一部は確かに気を病んでいたりもしたが…まあ、深緑の元へ行ってから良い傾向にあったのは間違いがなかった。が、あのような事態を招いたのだから、致し方ない…あの刀解は、仕方のないことだったのだ。結果的に、その日がきただけということ」「…でも、いい傾向にあったんですよね」

「言っただろう、同じ霊力で動いていたのだから、可能性はあるのだと。彼女の力ではどうにもできなかった以上、こちらとしてもそれ相応の対応をしていかなければいけないのだよ」「………」「大きな問題は未然に防ぎたいのだ」

「………………。」

彼らには、きっとそれぞれがそれぞれに、様々な思いを抱えていたのだろう。あんなに穏やかそうにしていた三日月も、あんなにも懐っこい笑顔で慕ってくれた信濃も、皆が皆だ。知らなかったとはいえ、なんて申し訳ないことをしたのだろう。最終的には救ってやれなかったのだから。助けてやる、と言われて連れてこられた新しい場所で、彼らは救われないままだ。

「不満か」「……悔しいです、とても悔しいです。何もできなかった自分が腹立たしいです」

言葉にしてしまえば、ボロボロ涙は零れる。悔しい。

「…悔しいです…」

出会った当初、彼女は私を勧誘していた。何に、と言われれば詳細はまた後程と語っていたが、よく考えればそれは彼女のいう「更生目的の」部署がきちんとした形として確立してから、正式にということだったのだろう。設立したと言っていたくせに、まだだったとは酷い詐欺である。そういえばあのときも「お願いを通しやすく」と言っていた。だが、それも確立する前に瓦解しようとしている。きっとその部署はなかったことになるのだろう、発案者もいない、実行者もいない、そんな物は必要ない。
それはとても、悔しい。またしても崩れ去るモノを前に何もできない、自分の無力さがとても悔しい。唇を噛んだら血の味がした。まだ自分にも血は流れているのだと、生きているのだいう自覚が生まれた。ここで終わり?そんなことはないはずだ、だって私には彼女から引き継いだものがあるではないか。ポケットに忍ばせていた単語帳に触れる。

「話は以上だ。一応、君にも知る権利はあるだろうから、伝えておいた。次の任地は追々」「…私が」「……ん?」「私が…彼女の意思を引き継ぎます。その部署を確立するためのきっかけを、今度は私が作ります。次の場所は必要ありません、自分で作り上げます」「…正気か?何が起きるかわからんぞ」「知識は学びました、この世界の成り立ちについても理解しました。あとは実地で学ぶだけです、このまま深緑の想いを途切れさせたくない」
「………うーん」

上司は悩む、直轄の部下を亡くしたのだから慎重になるのは当たり前だ。だが此方も引き下がれない。視線に力を込めて上司を見つめる。深緑の視線は、確かいつも力強かったはずだ。

「それに、貴方方も力を付けた彼らを無くすのは、現状が切迫はしてないにしろ、惜しいはずです。だからこそ、深緑の意見に賛同した。だからこそ、私たちみたいな一般人でさえも審神者に仕立て上げようとした。人材が、武器が…それらが惜しい。彼女の自己満足だけではない、貴方たちの利益にもなることだったはずです。だから」「…わかった、わかった。そうだな、深緑の意見を後押ししたのはそういった側面もあるのは認めよう。…だが、まあ………上を説得しなくてはな」「…では」「はあ…そんなことを言うタイプには見えなかったのだがな。感化されたか、それとも…。但し、条件をつけさせてもらう。口約束だが、大きな拘束力を持たせる約束だ」「…?」

再びの溜息の末に彼が出した条件は二つ。実績を残すこと、そして同時に死んではならないであった。死に面する事態が起きた場合、必ず報告をするという約束。また、逃げるという選択肢を作るという決まり。次の機会はない、と静かに放たれた言葉を私は小さく呟いて、そして飲み込んだ。