左文字兄弟

隣の部屋からロック調のお経が聞こえてきた、それは丑三つ時のこと。何が楽しくて、そんな時間に読経を聞かされなければならないのだろう。文句の一つでも言ってやろうと、隣の部屋の障子に手を掛ける。中から話し声が漏れ聞こえてきた。

「…兄さん、寝付けないときにはやはり子守唄でしょう。それでは…ちょっと…」「……そうですか」「落ち込まないで下さいよ……こちらまでへこたれそうです」

先程のあれは子守唄替わりであったのか、と度肝を抜かれる。ホラー紛いの子守唄では、余程の子でなければ眠れるわけがないだろうに。笑いそうになるのを堪えて、再び耳を澄ます。

「…江雪兄さま、僕、眠くなってきたよ。大丈夫、ありがとう」「……小夜」「小夜はいい子ですね、本当に」

涙ぐんでいる江雪の姿が脳裏に浮かぶようだ。左文字兄弟はお互いに「おやすみなさい」と丁寧にあいさつをすると、布団に潜り込んだようだ。寝返りの打つ音が暫くして、虫の鳴く声だけが遠くから聞こえてくるようになる。しん、と静まりかえった部屋で暫く耳をそばだててから、欠伸をひとつ零して、私自身も布団に潜り込んで夢の世界へと旅立つのであった。