長谷部

結果的にいえば、長谷部気色悪い問題は解決したようで。彼は毎日のように、馬の世話やら畑仕事やら掃除洗濯炊事etc…なんでもやる家政婦へと化した。これで正しかったのかどうかはわからないが、ひと段落ついたのだとほっとしたい。

と思った矢先、彼からの呼び出しがあった。

場所は大広間だから、小夜たちは傍にはいなくてもいいと下がらせておいた。とはいっても、隣の部屋で、左文字兄弟たちが控えているはずだから、多少の警戒心で構わないだろう。あまり警戒してる素振りを見せてもいけない。
床の間の前に座り、彼を待つ。恭しく頭を垂れながら、長谷部は障子をそろりと開け放った。

「主…お忙しい中、大変申し訳ありません。どうしても伝えたいことがございまして」
「……なんでしょうか。それよりも中に入ってください、そこにいると話しづらいです」「はっ」

長谷部が少し離れた場所に座る。そして両拳を畳につけて、お辞儀の形のまま此方に語りかけるのであった。

「主、俺のこの想いをお聞きください。忠実な家臣であらねばならぬ身でありながら、あのような不届き……幾ら詫びても詫びきれません」「……」
「本来ならば腹を切るべき所業です、が。私にはそれは出来ません、したくないのです…まだ。このようなこと、貴女にとってはただの身勝手な我儘にすぎないでしょうが。貴女の傍から離れることが、今の俺にはとてもつらい」「……………」

ふ、と長谷部が顔を上げた。その顔は困ったように、けれど切なそうな表情をしている。あんなにも怖いと思っていた存在だというのに今この瞬間だけ、真剣さを感じ取ってドキリと鼓動が早くなったのを感じた。
単純なものである。長谷部は続ける。

「お慕いしております、初めのときからずっと。気づいたのはつい最近ですが。とても、好きなのです」「……それで、どうしたいと」
「どうもしなくてもいい、ただ、伝えておきたかった。貴女をこの腕で抱きたいと思ってしまったその不純の理由を。自分勝手ではありますが、嫌われたままはやはりつらい」「そうです、か…」

今の自分には、その想いに対して返せるだけのきちんとした答えは出すことが出来ない。何とも言えない靄を抱きながら、ただ「はい」とだけ、そう返事する他なかった。