長谷部、小夜

全ては前の審神者の影響だと思っていたが、それだけではないようだと気がついたのは、歌仙のあの発言によるものだ。俺は確かに一目ぼれ、というやつを彼女と出会った時にしていたのだと、今となっては確信している。
彼女が新しい主になると、自分の元へと挨拶に来たあの日、あの時。しっかりと胸の鼓動が高鳴っていたのを感じていた。それこそが一目惚れ。前の審神者のように特異な性質も美しい容姿も持っていない。至って普通の女。それだというのに、その全てが眩しく見えて仕方がなかった。

「初めまして、新しい…あるじ?です。主という表現が正しいかはわからないけれど…まあ、ここにいる間は主ということでお願いします」

その実態はなんとなく感づいていた、俺たちみたいな哀れな刀剣を集めたこの場所において。彼女はそれらの再教育者。だがそれにしてはやけに純粋で、無垢な気を纏っていた。本当に大丈夫なのだろうか、彼女はこの本丸で平穏無事にやっていけるのだろうか?

「……宜しくお願い致します。主」「うーん…なんだか、恥ずかしいですね。その呼ばれ方は」
「では、名前でお呼びしましょうか」「それは駄目ですね、無理です」

困ったような笑顔で言い切られて、少しばかりの関心と安心。境はきちんと理解しているようだ、これならば万が一のことはないだろう。だが、それを己自身が行えぬというのもまた事実。その点に若干残念な感情も沸き上がる。

「ッ何を考えているんだ、俺は」「…?」「い、いえ、此方の話です。御気になさらず」

後方で控えていた小夜左文字が多少の警戒心を露わにしてきた。勘のいいことだ、それに対して彼女はというと実に呑気がすぎる。俺たちみたいなのとも違い、前主とも違って―。明らかにのほほんとしすぎだった。

「……」「大丈夫ですか、何処か怪我でも?あの、手入れはまだしたことがないんですけど、よければ手入れを」「っい、いいえ。平気ですよ、特に何かがあるわけではないのです」

手入れ、というその言葉に不純など欠片もないのに。どうしても前審神者のことを思い出してしまう。手入れと称した、行為。弱った力を補給するための手っ取り早い方法。あの方法を思い出して、そしてそれを重ね合わせてしまって。

「…ああ、野暮用を思い出しました。俺はこれで失礼しますね」

湧き上がってしまった感情は歯止めが効きづらい。適当な文句をつけて、場を辞することにする。

「夕食、作って待っていますので。6時くらいになったら広間に来てくださいね」「かしこまりました」

終いに向けられた彼女のその笑みに、ごくりと喉を鳴らして、吐き出しそうになった全てを呑み込んだ。