獅子王


陽の光がいやに暑くて、洗濯物を干す額に汗が滲み始めたそんな昼頃のこと。

ピリッとした電流とともに、パキ、という乾いた音が聞こえてきた。それはまるでガラスにヒビが入る音。だが、あたりを見渡してもガラス製品の何かが割れている様子は見受けられない。
全身に悪寒が走った。これは何かが起きようとしている。手を止め、悪寒の原因を探った。

「…どうかしたのか?」「……ッ獅子王。なんでも、ないよ」「………?」

警戒モードであった私に、不思議そうな顔で近づいてきたのは獅子王であった。最近の獅子王は以前と違い、外によく出歩いている。いい傾向ではあると思うが、今はそんなことを考えている時ではなかった。押し黙る私を獅子王の視線が射抜く、スッとそれが後方に移動して、彼もまた何かを警戒するように目を細めた。

「……なあ」「……え、とどうかした?」「……あッ…」「獅子王?」

「…くる!」

そう呟くと同時に、獅子王は刀を抜き、素早く振るう。
それは弾丸の如く飛んできた一本の矢を切り伏せた。その直後に二度、三度と前方から矢が放たれるが、それも全て切り伏せられる。
遠距離攻撃ではままならないと気がついたのか、敵本体が私たちの前に現れる。
獅子王は盾になるように私の前に立ち塞がった。
戦いというものを、私は改めて間近で感じ、震えて尻餅をついてしまう。対した獅子王は慣れたように相手を観察をした。

「敵は…1…2……5体。全部式神か…人型…武器を持ってる…短刀2体に打刀が2体、太刀が1体。一体どうやってこの中に…」「式、神…」

小さな紙を核にして作られた式神たちは、ゆらめくような動きを続けていた。いや、実際に揺らめいていたのだ。ゆらゆらと、実のない姿で、人の形をとっているように見えたのは、単にそういう風に表現されていたためであった。だがそうはいってもあれには此方を傷をつけるだけの多大な霊力がこめられている。あの陽炎のような存在にこの身が触れてしまえば、致命傷は免れなかった。

「なあ、アンタ、審神者としての知識は一応あるんだよな」「え、…まあ」

敵の動きを警戒しつつ、背中越しに獅子王が語りかけてくる。

「ならこの本丸の結界がどうなっているか、調べられるか?侵入経路はきっと結界だから…もし破れてでもしたら一大事だ」「…調べられる、…けど、すぐには」

知識があっても実力はない。それが私の精一杯だった。だが、獅子王はそれに対してふっと笑う。

「いい」「……?」

「俺がそれまで守るから。主は綻びを探してくれ」

獅子王が再び刀を構えると、敵もそれに呼応して刃を構える。一体が陽炎を揺らめかせながら、此方に向かって走り込んできた。軽くそれを去なし、一線のみで切り捨てる。一体が退けられたと分かれば、今度は二体同時にやってきた。獅子王はそれにも軽く刃で牽制した。

「…主!」「ッ……や、やらなきゃ…」

尻餅ついた姿でもやれることだ。一つ、二つと簡易化させた言の葉を唱える。己の霊力を水に起きた波紋のようにして周囲に放ち、そしてそれは本丸全体を覆う結界へと到達、反射した。やがて返ってきたそれをもとに、脳内で現状の情報を素早くまとめあげる。

「…わかった!」「どうだ!?」

獅子王は刃を大きく振り切ると、交戦中であった二体は一度大きく後方へと退いていく。それらを目で追いつつも、獅子王は再び私の前に立ち塞がった。

「さっきの一瞬で結界が破られたみたい…小さい穴程度に。だけどすぐに結界の修復機能が作動して今はもう空いていない。侵入者は目の前にいるやつらだけ!」
「きょろきょろし始めてたときか…やっぱりあの時…。他の刀たちも気がついて集まってくる頃合だろ。それまで俺の後ろにいてくれ!!」「うんッ」

残りの四体が駆けてくる。それらに向かって獅子王は大きく雄叫びを上げたのであった。